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CRUNCH「Simple Mind」-あらかじめ裏切られる整合性

 New song 「Simple Mind」「Holiday」HERE

新曲をyoutubeにUPしました。こちら。それに対して、ライターの松浦達(さとる)さんから素敵なレビューをいただきました。松浦さんは、COOKIE SCENEミュージックマガジンなど、様々なメディアで寄稿され、最近では、くるりの京都音博サイトに文章を寄せられています。





 CRUNCHの「Simple Mind」には、日常・現実の柵に絡まれたがゆえの底を這うヒップなビートが脈打っている。これは、2014年には珍しいテンポ、BPMだ。

 まるで、ザ・ラプチャーの02年の「ハウス・オブ・ジェラス・ラヴァーズ」を彷彿とさせるリズムでありながら、くるりの同年の「ワールズエンド・スーパーノヴァ」のように、最極点までいかないバウンシーな曲であり、一定的に不安定な感情の揺らぎがシンプルに打たれる。



 "ユートピア"、"からっぽの世界"といったリリックがよぎりながら、最終的に"生命力を讃えよう"と、その距離をはかるためか、四つ打ちのバンド・サウンドとともに静かに、ヘッドホン、ディスプレイ、ベッドルーム、ライヴハウス越しの聴き手の振動覚を刺激するものになっている。

 じわじわとCRUNCHは面白いフェイズに入ってきている。ローファイ、ニューウェイヴといった冠詞は抜きに、真価はこれからなのだろうという気がする。ぼやけた、奥行きが心地よい。






 前作のミニ・アルバム『ふとした日常のこと』で覚えたのは、なぜか個人的に初期のサニーデイ・サービスだった。今でこそ、曽我部恵一はじめリ・スタートしたサニーデイの評価はネオ・フォーク、もしくは、90年代を折り返すときに、ジャニーズのV6の井ノ原氏(今や「朝の顔」になった)のファン宣言も含め、くるり、スーパーカー、中村一義、pre-school、電気グルーヴ「Shangri-La」、ミッシェル、ブランキーといい、97年前後を邦楽のオルタナティヴ・ロックの豊作の年と称する評論家、リスナーは少なくない。

 同時に、そこからフジロックをはじめ、フェスティヴァルが増えてきたのもある。そんな中で、アンダーワールド、ケミカル・ブラザーズ、プロディジーなどは「ロック」をベースにハウス、ダンス・ミュージックの要素を取り入れ、例えば、「Born Slippy」(すれっからしの悪)、「Smack My Bitch Up」(各自訳を願う)といった曲が流れ、その隣で、オアシス、レディオヘッド、ザ・ヴァーヴ、パール・ジャムからベックまでが混在していた。それでも、00年を境界線に、いわゆる、ロック・バンドがダンス・ビートを取り入れる流れが出来てきた。それは、アンダーワールドが元々、ニューウェーヴ調のサウンドをやっていた中からバレアリックに振り抜けた(『トレインスポティッング』は幸せな、“E時代”の象徴だと今だと思う。ユアン・マクレガーの冴えたデカダンス。)のもあり、10分以上のライヴ・モーションの中でのユーフォリアとは反復/差異といった概念ではなく、ひたすらの差異の連続/非・連続性でもあった。先に寄稿した内容で、ザ・ラプチャーとくるりの02年の曲をあげた。その2曲は人力的なビートと、ニューレイヴ前夜の人肌を感じる何かを感じさせるものである。


 さて、この「Simple Mind」を初めて聴いて、サカナクションの「ルーキー」を想い出した人もいるかもしれない。日本を代表するテクノ×ロック×アートのビッグ・アクトになった彼らだが、「アルクアラウンド」、「アイデンティティ」の後のシングル。MVはマウリッツ・エッシャーの絵画のように、巡り、曲も決してキャッチーなヴァース・コーラス・ヴァースではない。でも、ライヴではこの「ルーキー」は大きい意味を占めることがある。キャリアをじわじわ重ねた上での所信表明。

 CRUNCHは3ピース、ガールズ・バンドとしての矜持を保ちながら、この「Simple Mind」で、穏やかなダンス・ビートを取り入れた。ジャストなドラム、うなるベース、ギターとボーカルの淡い響き、ハーモニー・ワーク。バンド・アンサンブルの粗さが見えてしまいそうなBPMの“遅さ”を選びながらも、安易な昂揚を目指さず、一定の脈動、日常のサウンドトラック的な馨りを漂わせる。